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福岡高等裁判所 昭和34年(ネ)67号 判決

控訴人 国

被控訴人 綿勝自動車株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述竝に証拠の提出認否は、控訴代理人において、本件損害は、被控訴人の提出した仮差押申請書添付の物件目録の記載に誤りがあり、従つてそれに対してなされた仮差押命令にも誤りを生じ、当然それに基いてなされた登録嘱託書添付の目録の記載にも誤りがあることとなつて返戻され、そのままになつて結局仮差押の登録がなされなかつたことにより生じたものである。元来債権、不動産あるいは自動車に対する仮差押については仮差押裁判所は申請書に表示された仮差押目的物について命令をなせば足り、果して表示された目的物が存在するか否か、またはその表示が正確であるか否かまで調査する職責を有しない。従つて本件仮差押命令書の記載の誤りについては仮差押裁判所に責任はなく、一に申請人である被控訴人の責に帰すべきものである。そして自動車仮差押の登録嘱託が仮差押命令に基いてなされる以上、仮差押命令書の記載の誤りがそのまま右嘱託に引き継がれるのは当然であつて、裁判所といえどもむやみに嘱託書添付の物件目録の記載を補正することはできない。少くとも直ちに補正する職責を有しない。要するに本件登録嘱託書添付の目録の記載に誤りが存したため右嘱託書が返戻されたのは、一に申請人である被控訴人が誤つた仮差押申請をしたことによるのであつて、少くともそれまでの仮差押裁判所の手続には何らの過失もない。従つてその後返戻書類を、被控訴人に通知することなく、そのまま放置したとしても、そしてこの点に過失があるとしても、本件損害の発生は前記被控訴人の過失にも基因するものであるから、その賠償額の算定にあたつては当然被控訴人の過失を斟酌すべきものと思料する。本件仮差押自動車二台の価格が金二〇二、二七九円以上であつたことは争わない、と述べた外原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

被控訴会社が訴外飯塚自動車株式会社に対し自動車部分品売掛代金二〇二、二七九円の支払請求訴訟を提起し、該訴訟が福岡地方裁判所飯塚支部に係属したこと、他方被控訴会社は右債権に基く強制執行保全のため昭和二九年七月三一日右裁判所に訴外会社所有に係る原判決添付目録記載の本件自動車二台に対する仮差押命令申請をし同裁判所は即日該申請を容れてこれが仮差押決定をしたこと、その後被控訴会社は前記本案訴訟において全部勝訴の判決を得、該判決確定により昭和三〇年三月七日執行文の付与を受けたこと竝に右仮差押執行のための登録は遂になされなかつたことは当事者間に争がない。

各成立に争のない甲第一及び第二号証の各一、二に原審証人石田市郎(第一、二回)、同青柳照也(後記措信しない部分を除く)の各証言竝に弁論の全趣旨を総合すれば次の事実を認めることができる。本件自動車の仮差押は被控訴会社の委任を受けた弁護士石田市郎が同会社の代理人として申請したのであるが、その申請書における目的物件の表示中、自動車の種別「普通乗用」とすべきを「普通常用」と、またフオード車の原動機番号「示五二-〇七三四示」とすべきを「原五二-〇七三四」と誤記した。そして実務上の慣行に従い右と同一の誤記載ある物件目録数通を仮差押申請と同時に提出しておいたので、裁判所は右目録をそのまま使用して仮差押決定の原本及び正本を作成した。もつとも仮差押申請書の附属書類として本件自動車二台の登録原簿謄本が添付されていたのであるが、これとの照合不十分のため右目録の誤記が看過された。そして裁判所は即日自動車登録事務を行う知事宛に仮差押の登録嘱託をしたが、該嘱託書竝にその登録原因証書である仮差押決定正本に各添付の物件目録も前記申請人提出の目録をそのまま使用したものであつたため、昭和二九年八月上旬頃前記誤記載を指摘して、その部分の訂正を求める旨の符箋が附されて登録嘱託書が仮差押裁判所に返送された。しかるにその頃同裁判所の係職員は右嘱託書返戻の事実を係裁判官にも、また仮差押申請人側にも何ら連絡せず、そのまま放置したためその後これにつき何らの処置もとられないままに経過した。ところが前記本案判決確定した後、被控訴会社の代理人である前記石田弁護士が本件自動車に対する本執行として強制競売の申立をなすべく登録原簿謄本の下附を受けたところ、該自動車は既に二台とも昭和二九年一一月六日訴外飯塚タクシー株式会社に所有権譲渡され、その旨の所有権移転登録がなされていることが判明し、結局これに対する強制執行は不能に帰した。そして仮差押債務者である訴外飯塚自動車株式会社はその以前既に他の所有自動車及び不動産等財産全部を売却処分して営業廃止し、名目のみで実体のない会社となつていたため、被控訴会社の前記確定判決による債権は全く回収不能となつた。

以上の事実が認められ、原審証人青柳照也の証言中「嘱託書が符箋つきでかえつたことは、その頃石田弁護士に通知したようにも思う」旨の部分は、該証言自体甚だあいまいで確かな記憶ではない旨自供している点竝に原審証人石田市郎の証言に照らし容易に措信できず、他に右認定を左右すべき証拠はない。

右認定の事実に徴すれば、本件自動車の仮差押執行がなされず、ひいて被控訴人の債権回収が不能に帰したのは仮差押裁判所係職員の過失がその原因となつたものといわなければならない。すなわち前記のように登録嘱託書が返戻された場合、裁判所の事務担当職員としてとるべき処置は、先ずそのことを係裁判官に報告して、その指示を待つことである。そして本件の場合、前記目的物件の表示の誤りは些細であつて、自動車登録番号、車名、所有者氏名その他主要部分の表示には誤りがないのであるから、右誤記のため目的物の同一性がそこなわれるものとは認められず、且つ該誤記は記録編綴の自動車登録原簿謄本と照合することにより容易に判明するところであるから、仮差押決定の更正決定(仮差押申請人に連絡してその申立によるか、または職権により)をし、且つこれに従い登録嘱託書の目的物の表示を補正した上、仮差押決定及び更正決定の各正本を添付して更に登録嘱託をすれば足りたのである。しかるに前記裁判所係職員がその職責を怠り、係裁判官に報告しなかつたため、右再嘱託の手続をとる機会を失せしめたのは明らかに右職員の過失といわなければならない。従つてこれに基き被控訴人の受けた損害につき控訴人が賠償義務を負担すべきことは当然である。

次に本件仮差押において、被控訴会社の代理人であつた前記石田弁護士が目的物の表示を誤記したため、仮差押決定及び登録嘱託書の目的物表示にも同一の誤記がなされたことは前段認定のとおりであり、原審証人石田市郎(第一回)の証言によれば右弁護士は登録原簿謄本の記載に従い申請書添付の物件目録を作成したが、その不注意により謄本の記載を正写せず、右の誤記をしたものであることが認められる。さすれば本件仮差押決定中目的物表示の一部に登録原簿の記載と符合しない記載を生じ、従つてこれに基く仮差押登録がなされなかつたこと(自動車登録令第二二条第五号)に対しては被控訴人側の右過失もまたその一原因をなしているといわなければならない。そこで控訴人は、被控訴人の右過失をとらえて、これを本件損害賠償額の算定に斟酌すべきである、と主張するのである。しかしながら前記のように、登録官庁から目録の誤記を指摘した符箋が附されて嘱託書を返戻されたものであるから、仮差押裁判所としては前示の方法により容易にこれを補正して再嘱託し、よつて仮差押執行の目的を遂げることが可能であつたのであり、且つその手続をとるべき職責を有したのである。そして右の手続がとられていたとすれば、それにより本件損害の発生は完全に防止された筈である。そこで本件においては、被控訴人の前記過失が本件損害発生の一因となつたことは否定し得ないけれども、右両者間には、裁判所職員の過失の介入により、相当因果関係を欠ぐに至つたものというべくかような場合には賠償額算定に被害者の過失を斟酌するのは相当でないと解せられるので、控訴人の右主張はこれを採用し難い。

本件自動車二台の価格が被控訴人の訴外飯塚自動車株式会社に対する前記債権額金二〇二、二七九円以上であつたことは控訴人の争わないところであるから、他に特段の事情の認められない本件においては、本件仮差押の執行が支障なく行われ、ひいて確定判決に基く強制競売が実行されていたとすれば、その売得金により被控訴人は右債権全額の弁済を受け得たものと認むべきであり、従つて本件裁判所職員の過失に基き仮差押執行ができなかつたことにより、被控訴人は右債権額相当の損害を受けたものといわなければならない。よつて右認定の損害額金二〇二、二七九円及びこれに対する本件損害発生の後である昭和三三年二月二日以降年五分の法定遅延損害金の支払を求める被控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべく右と同旨の原判決は相当であるから民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 竹下利之右衛門 小西信三 岩永金次郎)

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